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隠岐の島ウルトラマラソン

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みなさんこんにちは、リ・ライフすえちゃんです。

とうとうこの日がやって参りました!!

第14回隠岐の島ウルトラマラソン大会です。

この日を迎えるまで、ずぅ~っと不安で不安でしょうがなかったばってん、ついに!来てしまいました…

何故不安だったかとゆーと…

100キロを完走する為の練習過程において、最も走った距離が40キロだったこと。
しかも、この40キロですらめちゃくちゃ足が痛くて、まったくと言っていいほど足が残っていなかったことが最たる理由です。

また、大会前の11日~13日は長距離運転旅行を予定に入れていたこともあって、調整の練習どころか、疲れを溜めに行ったようなもんです。

何故なら、岡山 ⇒ 伊勢 ⇒ 高野山 ⇒ 岡山 の スケジュールを2泊3日でこなし、しかも各所では10キロ以上の道のりを歩いています。

夜はもちろん、お酒を飲んでいます。
そして車の運転もしています。

そして、14日(金)には、契約2件のお手伝いを絡めて帰宅が22時30分…

15日(土)は早朝4時起床の5時出発で、隠岐の島へ向かった訳です。
しかも睡眠不足+悪天候による船酔い、寒さによる体力低下…

こんな状態で隠岐の島入りをし、翌朝3時起床の5時スタート100キロマラソンってくりゃぁ、そら不安やろ!!!

何か知らんばってん、自信満々なポーズを取っていますが、走れるのか?かなり不安でしたよ。

朝には雨も上がり気温も16度くらいでしたので絶好のマラソン日和となりました。

100キロマラソンに出場する面々を見ると、老若男女幅広い参加者に圧倒され、ただただ、 『みんなすげぇーなぁ~って言葉しか出てきませんでしたね。

隠岐の島のコースは起伏が激しくて、平坦な箇所があんましないという、拷問みたいなコースです。

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写真で伝わりにくいかも知れませんが、こんな上り下りが何ヶ所もあるんです。
特に強烈で長い坂道が、30キロ過ぎてから40キロ手前まであったので、完走するために、この坂道は歩く作戦でいました。

ここで無理したら後半間違いなく持たずに完走できないと思ったからです。

そして、このレースを振り返ってみて最もしんどかった地点がここです。

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完全にメンタルの問題なのですが、ここに到達した時に、やれやれ… って気持ちになり、終わってもないのに変な満足感だけが湧いてきたあとに、ここから先は未知数で走ったこともないし、足痛いし…

などといった、できない、あるいは止めるための理由付けを走りながら模索していたこともあって、ペースがガタ落ちし走れなくなりました。

どうにかこうにか食事が取れる中間地点まで来たのですが…

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今度は、ここで休憩を取り過ぎてしまうと更に動けなくなってしまうのです。
しかも、主催者側も良く考えたもので、この地点は、48キロ地点、つまり半分にも達していない場所に設けているのです。

つまり、ここでリタイアなんぞしよう思うなら、半分も持たずにリタイアしたというレッテルが貼られてしまうわけで、とても土産話にもならないレベルで終わってしまうという、ランナーにとってはオアシスでもあるけど、魔のトラップでもあるのです。

そんなこんなでボク自身も半分の50キロを過ぎた地点で、足のいろんな箇所の痛みを和らげるために、ロキソニンを服用。
すると徐々に痛みが散ってくれて走れるようになりました。

ずっと痛かったのが足首、お尻、膝の裏側 でしたが、ロキソニンを飲んでからは再度、周囲の景色を堪能しながら走ることができたのです。

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前半および平坦、下り坂で貯金を作り、上り坂は極力歩くという完走する為の戦略が見事にハマり、残り20キロ地点の80キロあたりで、余程のことでもない限り完走できることを確信しました。

このことがわかっただけで足が前に向かうようになり、残り4キロにおいては、長い下り坂が続きます。
ここでギアを上げ、一気にスパート。

フィニッシュまでは一度も歩くこともなく走り切りました。

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ってなカンジで、生まれて初めて100キロって距離を走り切ったのですが、不思議なもんですね。
練習では半分以下の40キロで音を上げているのに、本番ではちゃんと走れるものなんですね。

やはり、いろんな方の支えを感じながら、そして100キロマラソンを走ると公言した責任を背負って走っているからなんでしょうね。

マラソンってゆーと孤独で、個人レースなのですが、結局は沿道からの声援であったり、給水ポイントにて差し入れを手伝って下さる方がたくさんいらっしゃるからこそ成り立つわけで、この方たちの存在がなければ完走なんてできないわけです。

とゆーことは、日々の仕事が自分ひとりだけの力では何もできないのと同じように、マラソンを完走するのも自分ひとりだけでは不可能だとゆーことです。

到底ひとりだけでは発揮できないパワーを周りの皆さまからいただいて目的が達成できることを改めて教えていただきました。

100キロ完走したら、もぉええわ! って思うのかな?って思ったのですが、機会があればまた走りたい! って思いました。

レースを振り返ってみて、あそこでこぉしとけばよかった!とか、靴下の替えを持って行くべきだった!とか、いろんな課題も出てきたのです。

これは、実際に参加して走ってみなければわからないことです。
できれば、もぉ少し体重を落として軽くしてから走りたいなぁ、とも思いましたね。

最後になりましたが、今回のレースは岡山から仲間と3人で参加させていただきました。

そして、隠岐の島のレースに来れたのも、我々3人を快く迎えて下さって、宿泊、食事、入浴と何から何までお世話になった、S様ご夫妻の存在がめちゃくちゃ大きいのです。

感謝してもしきれないほどの手厚いおもてなしを受けたことが、かなり大きな力となりました。

我々がお世話になったことで、日々の生活リズムも大幅に狂ってしまい、体力的にも精神的にもしんどかったのではないかと思うばかりで、本当に申し訳なく思っています。

そして翌日には…

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時間の許す限り、Sさまと共に隠岐の島の名所を観光させていただきました。

膝が痛くて階段の上り下りに悪戦苦闘しましたが、17日(月)の15:10西郷港発のフェリーに乗船し、22時前には自宅に到着し、翌日の18日から業務を再開しました。

水曜日の夕方に次男坊と5キロほど走った際には、まだ足の疲れも回復しておらず痛かったのですが、金曜日の今日は疲れも取れてきて問題なく走れそうな気配です。

とても貴重な体験ができたことによって、自身の経験値がアップし、『ホイミ』 の呪文を覚えました。

そしてこれが完走した証であるメダルと記録証です。

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今度出場する際には、もぉ少しいいタイムで完走したいですね。

今回、お世話になったSさまご夫妻をはじめ、全島民の皆さま、会社のスタッフ、家族のみんな、本当に有難うございました。

これを読んで、100キロマラソンに挑戦したい気持ちになられた方、是非一緒に練習しませんか?

ではでは。。。
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テーマ : マラソン
ジャンル : スポーツ

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プロフィール

リ・ライフすえちゃん

Author:リ・ライフすえちゃん
52歳に突入したものの相変わらず、高校野球、広島東洋カープ、80年代ソング、相撲、マラソンが大好きな大分県人です。
大きな笑い声と人懐っこい笑顔がチャームポイントかな???
ひん曲がったことが大嫌いな、リ・ライフすえちゃんです。

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